良い知らせと悪い知らせがある

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『この世界の片隅に』能年玲奈(のん)の起用は間違っていない。「芸能人の吹き替え問題」について考える。

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この世界の片隅に 能年玲奈 声優

『この世界の片隅に』の公開から3日が過ぎ、諸ブログやレビューサイトで感想が飛び交うようになってきましたね。絶賛の声が多く聞こえてくるのも嬉しい限りです。

さて、そんな絶賛の感想の中でもしばしば見かけるのが「なぜ能年玲奈を声優に起用したのか」という、否定的な声。まあ、このテの批判はアニメ作品に限らず、洋画の吹き替えなんかでも必ずあがってくるものですけどね。

今回は、「有名芸能人が声優に起用される問題と、それがいともたやすく批判される問題」について考えてみようと思います。

まず、筆者のスタンスを申し上げておくと、芸能人を映画の吹き替えに起用する向きには、賛成の立場を取っています。その前提で、以下お読みいただきたい。

 

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なぜ芸能人が声優に起用されるのか

「あの人気お笑い芸人が◯◯の声を担当!」

「あの国民的アイドルが吹き替えに初挑戦」

...という宣伝文句も珍しくなくなった。

「芸能人の吹き替え」と聞いて、眉をひそめる方も少なくないだろう。それが期待作であればあるほど、落胆の度合いも大きくなるものである。たとえば、2015年の『マッドマックス 怒りのデスロード』『ジュラシックワールド』の日本語吹き替え版などが記憶に新しい。

いくら観客側がそれを批判しても、まるで意に介さないように繰り返される芸能人の起用。そういった批判がなされるのは、とりもなおさず声だけの演技が「下手」だからだろう。プロの声優の演技に対し、芸能人があてた声があまりにも「棒読み」だからだろう。

個人的には、「洋画なら字幕で観れば済む話」と言いたいが、家族で観に行くような大作ともなると、そうも言っていられないのもわかる。最近では『ファインディング・ドリー』の八代亜紀の起用が、本人役とはいえ強烈に違和感を覚えたという経験もあるからだ。(これはまた別の話のように思えるが)

なぜ芸能人の起用がとどまることを知らないのかと言えば、その理由は明確で、単純に「宣伝になるから」である。上手い下手は問題ではない。上手い下手で映画の興行収入が増えるわけではない。

芸能人を起用することで、何よりも費用対効果の高い宣伝ができる。地上波のバラエティに声優として起用された俳優なり女優なりが出演し、番組の最後に映画の番宣をする。番宣を観ていたお茶の間の視聴者が、「このタレントが声を担当しているのなら」と、映画館に足を運ぶことになる。

いくらアニメ界隈で有名な声優であっても、人気ドラマやバラエティー番組に出演しているタレントには及ばない。神谷浩史が番宣するよりも、小栗旬が番宣するほうが、映画の認知度は高まるのである。上手い下手よりも話題性のあるキャスティングにお金を落とす層が大半を占める以上、この流れは止められない。

つまり、「芸能人の声優起用」は、映画が売れ、映画関係会社が生き残るための、最善の方法なのである。

ただ、「芸能人を映画の吹き替えに起用する向きには、賛成の立場」と書いたが、話題性だけがタレントの起用の理由になってしまっている潮流については、反対の立場をとる。それは声を担当した芸能人にとっても、作品にとっても、不幸になる場合が往々にしてあるからである。

この「芸能人起用問題」は、「人気アニメの実写映画化問題」に絡む話でもある。こちらの記事で考察してみたので、ぜひお読みいただきたい。

www.motomurahajime.com

 

話題性とは異なる、意外なキャスティング例

一方で、ジブリアニメの「芸能人の起用」もよく叩かれるが、これには話題性というよりも、監督の明確な意図があるのは周知のとおりだ。

様式化された声優の声の演技よりも、自然な声をキャラクターにあてたいと考えるジブリの宮崎駿監督、高畑勲監督などは、積極的に声優経験のない芸能人を起用してきた。

最近だと『風立ちぬ』の庵野秀明監督の起用は度肝を抜いたが、堀越二郎という生粋のクリエイターに、日本屈指のクリエイターである庵野秀明監督が声をあてたのは、じつに運命的、必然的なキャスティングとしか言いようがない。

結果的に、庵野監督は「上手く」はなかったが、上手い下手すら超えた次元で、完全に二郎になりきっていた。現に、本作を観て庵野監督の起用に間違いはなかったと確信した観客は多い。だが、それと同じくらい、庵野監督の演技を酷評する人がいる。(最初からアンチ・ジブリフィルターがかかっている人もいるだろう)

 

では、今年大ヒットとなった『君の名は。』はどうだ。

アニメの声優として起用されることの多い神木隆之介はともかく、三葉の声を担当した上白石萌音が劇場アニメの声優として出演した作品は、これまでに『おおかみこどもの雨と雪』だけだっだ。「新人女優の起用」である。

「だれ?」と思った人も少なくないだろう。それなのに、上白石萌音の演技を叩く人はほぼいなかった。

上白石萌音が叩かれない理由は明確だ。文句のつけようがないほど「上手かったから」である(もちろん、それまでに優れた演技ができる女優、歌える女優として活躍していたのもあるが)。田舎の高校生の三葉と、田舎の女の子っぽさが残る上白石萌音がシンクロしていたからである。

『風立ちぬ』の二郎の演技を酷評する人と、『君の名は。』の三葉の演技を絶賛する人。評価が分かれるのは、「上手いか下手か」である。

この「声の演技の上手い下手」を基準に、作品そのものを評価する態度にこそ、筆者は問題があると考えている。

 

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「上手か下手か」でしか評価できないことこそ問題

筆者がなぜ「芸能人の声優起用問題」に言及する記事を書いているかというと、芸能人の声優起用に対し、賛成の声が少ないからこそ、逆に容認する声をあげるべきと考えたからである。

さらに、声の演技について「上手い下手」で作品にジャッジを下すレビューが多いことにも、歪なものを感じているからだ。

声の演技の上手い下手で演じた声優を評価するのは、じつに暴力的ですらある。

『この世界に片隅に』のレビューにこんなものがあった。主人公・すずの声を担当した能年玲奈(のん)の演技について指摘している。

のんさんは、通常の演技はしっかり出来ていたが、声の抑揚や方言や声質はやや弱い。
上白石萌音さんは、おそらく全部完璧に演じるでしょう。

たらればの話をしてもしょうがないのだが、あえて言うと、もし上白石萌音がすずに声をあてたとすれば、おそらく「上手すぎ」てしまう。

声をあてる仕事は「結果が大事」な側面もあるから、声の演技が上手いか下手かは大事な要素だ。だが、「上手すぎる」と、かえってキャラクターが破綻することもある。

『この世界の片隅に』のすずは、飄々としていて、舌っ足らずで、内気な性格だが、内部には様々な思いを秘めていて、スイッチが入ると途端に激情的な部分が爆発するようなキャラクターである。

そのアニメキャラクターのすずに対し、現実に存在する「すず的な女性」といえば、能年玲奈以外にいなかった。シンクロ率でいえば(エヴァンゲリオンっぽい表現だが)、上白石萌音よりも、能年玲奈の方が、すずとのシンクロ率は高かったのである。

作品は違えど、『風立ちぬ』で宮崎駿監督が主人公の二郎に庵野秀明監督を起用したのと同じく、声の演技の上手い下手ではなく、「アニメのキャラクターという架空の人物を実在化させられるキャラクター性を持った人」が不可欠だったからこその人選なのである。

 

評価基準を見直すべき時期にきた

顔の知れている俳優を声優に挑戦させるのは構わないし、それが結果として興行収入につながるのであれば、筆者は芸能人の起用に賛成の立場をとっているが、芸能事務所なり配給会社なりは、慎重に人選をするべきであろう。

先に書いたように、話題性を優先してしまったばかりに、キャスティングを間違うと、観客のみならず、起用した俳優も、映画作品そのものも、不幸になる場合が往々にしてある。

一方で、そういった映画界の現状に心を痛めている声優第一主義の人々が、「声の演技の上手い下手」を絶対的な評価基準として掲げてしまっていることも、不幸なことである。

声優第一主義といった人々からすれば、「プロの声優を起用しろ」とか、「声優から仕事を奪うな」という声もあるだろう。では、人気の芸能人よろしく、声優がバラエティー番組などで頻繁に番宣をするような芸能界になることを望むのであろうか。

映画の側にいる人々には、声をあてる芸能人の選ぶに際し、キャラクターとシンクロ率の高い人選を徹底してほしいものである。「プロの声優を起用しろ」とまでは言わない。話題性があって、声をあてるキャラクターとのシンクロ率(声質、見ためを基準にしても良い)の高い芸能人を起用すればいい話である。

観客の側にいる筆者としては、「上手い下手」の判断基準をもう一歩踏み出して、プロの声優以外の起用によって、キャラクターの実在化が果たせているかどうかを判断基準にしたい。

その成功例が『風立ちぬ』の庵野秀明監督であり、『この世界の片隅に』の能年玲奈であったと確信しているからだ。

ぶっちゃけ、「映画の見方なんて人それぞれでしょ」と言われればそのとおりなのだが、行き過ぎた「芸能人の起用」と、行き過ぎた「プロの声優待望論」への問題提起として、この記事を書いた次第である。

 

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